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富士宮口から富士山を見上げる

富士宮口から、登山情報をお届けします。

富士の御神体の歴史

2017/08/25(Fri)15:54

 富士山は古くは、「フヂ」もしくは「フチ」(富知)と呼ばれていた。富士山本宮浅間大社の社伝によれば現在の社地はもと富知(フヂ/フチ)神社の社地であった。かつては富知神社が富士の<御神体・山霊・ご祭神>である()()大神(おおかみ)福慈(ふじの)(かみ):大山祇の神を祀る)を祭っていた。山宮浅間神社を里宮である本宮浅間大社に遷宮する時に、富知神社は移転して現在の地(富士宮市朝日町12-4)に立った(玉突き衝突)。現在は「フクチ」神社と呼ばれている。富士の御神体変遷を歴史的に見ると、

1. フヂ/フチ(()()大神(おおかみ)福慈(ふじの)(かみ):大山祇の神を祀る)

アサマオオカミ(浅間大神:都良香 貞観17875年 世界遺産富士山とことんガイド)

どちらが先か不明

2.センゲンダイボサツ(*浅間大菩薩=(かく)()(ひめ):末代上人1105年)

3.コノハナサクヤヒメ(木花之佐久夜毘賣命:林羅山説) という順で、富士山の御神体が変遷。

だが、いつ頃から富士山の祭神が木花開耶姫命とされるようになったかは明らかではなく、江戸時代に隆盛した富士講信者が伝播した説が有力。また、林羅山説もある。

*「富士山は、神仏が集合する本地垂迹説の中で、本地仏は大日如来、その垂迹神が浅間大菩薩と考えられ、浅間大菩薩は富士山縁起の中で赫夜姫と結びついていった。赫夜姫は、富士山縁起の中で月に帰ってしまうのではなく、富士山へと登っていき、そこで浅間大菩薩という祭神となったのである。

「富士山信仰と修験道」大高康正 p15岩田書院。  



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